前半の、風情あふれる京都の宵宮と、後半巻き起こる撃剣活劇との対比がこの曲の醍醐味と言えるでしょう。
歌詞の「宮部鼎蔵-無念の形相凄まじく同志の屍踏み越えて」を、同志を踏み越えるのは申し訳ないとの声があったため、「自分は石川先生の作ったままやりますが皆さんはどうぞ『同志ーを乗り越えて』とお歌いになってください」と錦穣本人は述べています。
石川氏が二晩かかって書き上げた本作は錦琵琶初期の大ヒット曲として大いに流行りました。初期こそ錦の男性代表若水桜松氏が得意曲として良く弾奏しましたが、やがてあまりに演奏会毎の希望者が殺到したため、宗家錦穣すら数十年演奏する機会が廻ってこなかったそうです。