近代琵琶人の中でおよそ水藤錦穣ほど、有名でありながらその実、謎に包まれている人物はいないでしょう。明治末の琵琶楽全盛時代に生まれ、早世した琵琶界の巨匠永田錦心に新楽器錦を託されながら紆余曲折の後独立、五柱五絃という琵琶スタイルを確立し一時は約8千に届く門人を抱え、また100とも200とも言われる楽曲を遺するも舞台演奏中に脳出血で倒れるという悲劇からはや45年が過ぎ、今やその流風、業績の多くが耳にされることもなく現在に至ります。しかしその数奇な運命、出会いと別れ、十四-五の少女が歩んだ道のりは琵琶界で一番劇的な一幕でもありましょう。小説を通して彼女が琵琶にかけた青春、怒涛の生涯を皆さんのご記憶に留めていただけたら幸いです。
さて、その生い立ちから終戦までを自身を語り部として第1部、母の藤波が内弟子になる前後から三越劇場運命の舞台までを第2部としてドラマを書き出そうと思います。我が拙き筆でどこまで描けるものやら、先の琵琶読本等連載以上に不定期になると思いますが、その点どうかご理解頂きたくまずは[第1部 藤の実より]、連載開始のご挨拶とさせていただきます。