びわ師錦穣 第七話 未来予想図

それからしばらく中村家は平穏な日々が続いた。次兄が逓信省で働き始めたり、妹たちが家事を手伝えるようになったり、賑やかな一家団欒があふれた。長兄清一は禹水という雅号で始めた琵琶指南所が好評で。妹の倭水(冨美)と共同の看板を掲げ、入門希望者に琵琶の基礎を教えた。思えばこの頃が富美にとって一番幸せな時期だったかもしれない。

大正12年春、富美は晴れて女学校に進学した。佐藤高等女学校、通称佐藤高女という私立学校だ。冨美が入ったのは良妻賢母な女性をめざす普通科だったが、佐藤高女は新しい女性の価値観をめざす校風ゆえ美術科専攻があって、冨美は初めて接するハイカラな先輩たちに大いに刺激された。安くない学費を工面してくれる両親に富美は感謝でいっぱいだった。制服の袴を身にまとい、菊坂町にある学び舎に通学する冨美。
そんな冨美にさっそくクラスメイトが出来た。
「わたし宇田川かね、仲良くしましょうね」
「中村富美です。こちらこそ」
宇田川さんはクリスチャンだそうで、家にはオルガンがあり彼女はそれで唱歌を弾くのが好きなのだそうだ。音楽好きな2人はすぐに仲よくなった。
「へえ、中村さんは琵琶を弾くの。琵琶ってどんな楽器?今度見せて!」
「うちに遊びに来ない?オルガン弾いて良いわよ、あなた歌は好き?一緒に唱歌を歌いましょう」
「いきたいわ。でも放課後帰ったらすぐに琵琶のお稽古しないと、ごめんなさいね」
おしゃべりな宇田川さんに冨美はペースをにぎられっぱなしだったが、冨美にはそれすら新鮮で学校生活は楽しかった。クラスには他にもピアノを持っている人、ヴィオロンを習っている人など様々いることが分かってきた。洋画専攻の学生が校庭で景色をスケッチしてるのを覗いていても新鮮だ。琵琶一筋に育ってきた冨美にとって見ること聞くことが新しく刺激的だった。

自分は将来どんな大人になって、どんな未来が待っているのだろう? おぼろげにそんなことを考え始めたのもこの頃だ。裕福な家族に恵まれ、自由奔放に好きなことを満喫しているクラスメイトをみて、自分にもそんななにかに打ち込む未来が用意されていて、それを選んでいるうちに自然と幸せになれるのではないか。
冨美はにそう思えた。

つづく

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